◆かぶら寿し(かぶら寿司)って何?
 越中富山藩は、寛永十六年(1639)に加賀金沢藩から分藩しました。そのため文化的には金沢藩と共通する点が多く、かぶら寿しもその一例だと思われます。
 富山県下の、とくに西部でよく製されるかぶら寿しは、製法も調整時期も加賀のそれとほぼ同じです。あえて違いを探すならば、富山のかぶら寿しはブリと並んでサバをもよく使うこと(むしろ今日ではサバのすしの方がよく流通している)と、添えるニンジンを花切りにしないことがまま見受けられること、さらに、カブを輪切りにせず、乱切りにして魚と混ぜることがある、などといったところです。かつてはサバはブリよりも低廉であったことを考え合わせれば、富山のカブラ寿司の方が、やや庶民的で技巧に欠ける感が否めません。
 しかしながら、各地の発酵ずしが衰退に向かう現代においてもその支持率は相当高いようで、スーパーマーケットでは「カブラずしの素」というものまで売られています。 ご飯と糀を混ぜて発酵させたもので、これを使えば、調整工程はひと手間省くことができます。
 また、かぶら寿しそのものがパック詰めされて、総菜屋で売られていることもよくあります。南砺市(福野町、福光町)あたりでは地域の名産品としての地位も得ています。 サバのかぶら寿しは、単に「サバずし」とも呼ばれます。「サバずし」と聞いてサバの棒ずしや姿ずしを想像していると、かぶら寿しが出てくることもあります。
◆鰤かま(ぶりかま)って何?

 富山湾の「ぶり」は、落語でも語られるほど名高く、文禄四年加賀藩初代藩主の前田利家は、氷見灘浦で獲れた「ぶり」を歳暮用に京都へ送るように指示しています。
 「ぶり」は出世魚という縁起のよさと、北陸地方では十二月、一月に多く獲れることなどから、お歳暮や正月料理に珍重されてきました。
 そして現在でも日本海の荒波にもまれた「寒ぶり」は、脂がのりとても美味しい魚として珍重されています。
 その「かま」を手間暇かけた本来の生味噌でじっくり漬け込むことにより、生きた酵母が「鰤かま」の旨味をさらに贅沢な味に仕上げています。
 じっくりと焼き上げ、こうばしい香りをお楽しみ下さい。